あなたの好きな“怖い”がみつかる。
この記事では、ホラーコミック集『HOLY』の魅力について語っていきます。
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ホラーコミック傑作集『HOLY』とは。手塚治虫等が描く“聖なる怖さ”って何?
作者 | 手塚治虫 美内すずえ 諸星大二郎 日野日出志 丸尾末広 内田春菊 花輪和一 萩尾望都 |
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既刊 | 第一集 8話収録 |
出版社 | 角川書店 |
ホラーコミック傑作集『HOLY』とは手塚治虫、花輪和一等の短編ホラー漫画作品集です。
漫画界の巨匠達が本気で恐怖を描いており、どのお話もトラウマレベルです。
その高い完成度から『世にも奇妙な物語』等のドラマ化した作品や作品から影響を受けた漫画家も多いそうです。
どのお話も味わいの違う”上質なホラー”が描かれており、人間の心の怖さをテーマにした話もあれば、昔ながらの怪談話もあり、最後のお話まで飽きることなく読むことができます。
筆者自身もホラーが好きで、映画や漫画、小説などの多くのジャンルが違うホラー作品を楽しんできましたが、その中でも特に「あっという間に読めてしまった。」「気づいたら全話読み終わっていた。」という印象が強いです。
シリーズものの作品と比べると、一見深みがないように感じますが、どのお話も起承転結がしっかりしていて“怖いとはなにか”著者の伝えたいものがダイレクトに描かれています。
インパクトの強いお話揃いですが特にいい意味で”後味の悪い”作品を三つ紹介したいと思います。
手塚治虫渾身のホラー。『バイパスの夜』
『バイパスの夜』あらすじ
ある夜、一人の男がタクシーへと乗車した。陽気…というよりもどこかテンションがハイになっている客と、反対に無愛想で無口なタクシー運転手。
どんな話題に無口なタクシー運転手に腹が立ち、何としてでも気を引こうと客はとうとう自分は今犯罪を犯してきた後だと語りだす…。
- 乗客
深夜にタクシーを止め、風貌の怪しい男。ハイになっており運転手に何度か雑談をふるも無視され、不愛想な態度に腹を立てとうとう自分は現金輸送車から一億円を強奪した犯人だと名乗ります。 - タクシー運転手
無口で無愛想。乗客が自分は凶悪な犯罪者だと語りだしてからようやく口を開きます。自分も実は犯罪を犯した後で、浮気した女房を殺害し、その死体はトランクの中に隠してあるのだと語ります。
犯罪者が二人同じタクシーに乗っているというだけで恐ろしいですが、面白いのはこの二人とも犯罪を犯した証拠を見せないところです。
トランクに入っている死体はともかく、乗客のほうはカバンに入っているという一億円を決して運転手に見せません。それどころか、そのカバンを見せるのをひどいやがっています。
一億円が入っているから大切にするのは当たり前といえばそうですが、すぐカッとなる性格で自分の犯罪歴は言ってしまうのに、その証拠は見せないというのは少し不思議です。
この作品の一つの見どころはそこであり、読者は「この二人の言っていることは果たして本当なのか?」という疑問が頭に浮かびます。
「ずっと無視されてムキになった乗客が驚かせるために嘘をついて脅かそうとしたら、タクシー運転手にもっと怖いことを言われてしまった。」というまるでコントのようにも見えます。
筆者も最初に読んだときは、二人の話が例え本当だとしても、お互い人に言えない弱みを言い合っただけで、案外仲良くなって二人で高飛びでもすればいいのにと考えていました。
しかし、ここで注目すべきは、ずっと無口だったはずのタクシー運転手が、なぜ自らの犯罪歴を急に語りだしたのかです。
「乗客の告白を冗談だと思い冗談で返したのか?」「乗客になめられてはいけないと思ったのか?」その可能性もありますが個人的には違うと思います。
なぜなら物語のラスト、タクシーは乗客の行先指示を無視して道をいくように終わります。
つい先ほどまで二人とも軽い冗談を言い合えるくらいは打ち解けていたようなのに、どこか後味が悪い終わり方です」。
そもそも運転手はずっと無言でいましたが、それは犯罪を犯した後の緊張によるものであり、乗客が犯罪歴を語ったあとは急によくしゃべるようになります。
そして、乗客が運転手の気を引こうと冗談交じりに脅していたセリフにも注目です。「街灯がないな、運転手が女の客をのせてクモスケに早代わりするとしたらここいらだろう?」
「そうか、個人タクシーか、じゃあ馬鹿なことはできんな、女房こどもを養ってるんだから」
ここでタクシー運転手にも動揺が見られ、仏頂面に汗が垂れるのが描かれています。
読者は読んでいる途中であれば、乗客の脅しが少し効いたようにみえますが、一度読みきってから見返すと、このシーンの別の表情が見えてきます。
運転手は“女房”という言葉に反応しているということと、乗客の理論でいくと「養ってる女房やこどもがいなければ、何をやってもいい。」ということになります。
そして運転手はその女房を殺してしまっている…。
このあとタクシーはどこに向かっていったのか、乗客は生きて目的地に辿り着けるのかわかりませんが、ハッピーエンドで終わらないことだけは確かでしょう。
手塚治虫渾身のホラーなだけあり、コマ割りやキャラクターの表情一つ一つに意味があり、なんとも味わい深い後味の悪の悪さを楽しめます。
溢れ出る嫌悪感『はつかねずみ』
とある少年がネズミのつがいを飼っていたという回想から物語は始まる。
少年はネズミのことを良くかわいがっていましたが、ある日ネズミに指をかまれ、飼い犬ならぬ、飼いネズミに手を噛まれた少年は、腹を立てて罰としてネズミのえさを一週間ほど与えなかった。
すると、腹をすかせたネズミの一匹は家族を食い殺して逃げ出し、少年は新しいペットとして小鳥を買ってもらうが、家に隠れていたネズミはその小鳥を食い殺してしまう。
ネズミはみるみるうちに巨大化していき、ネズミVS少年家族との戦いが始まる…
- 少年
一見無邪気な子供に見え、ネズミへの罰も子供にありがちな幼さからくる残酷さかと思いきや、ネズミと戦ううちにどんどん残酷さが増していき、狂気に飲まれていきます。 - 家族
主人公以外に父母と娘、生まれたての赤ちゃんがいる平凡な家庭ですが、全員顔がとにかく恐ろしげです。序盤こそ絵のタッチが怖いだけかと思いきや、少年同様ネズミによって全員が狂気に染まっていきます。 - ネズミ
食欲旺盛で自らのつがいや子供さえ食べてしまいます。物語が進むにつれ、どんどん巨大化していき、ついには主人公家族の生まれたばかりの幼子を食べてしまいます。
作品全体から陰鬱な雰囲気、嫌悪感が漂っています。
それは単に古い作品だからというわけではなく、日野日出志先生の持ち味として上手く描かれています。
概要だけ聞けば、『バイパスの夜』同様ギャグのような展開ですが、一コマ一コマから生理的嫌悪感があふれ出しており、おぞましい内容ながらもついつい最後まで読んでしまいます。
日野日出志先生といえば、伝説のホラーパロディ漫画『銅羅衛門(どらえもん)』が有名です。
一コマだけでも“ホラー漫画”とわかる特徴的な絵とほかの漫画家が“倫理的に大丈夫なのか?”とブレーキを踏むところを全力でアクセルを踏み込んでいる特殊な爽快感を感じます。
怖い・暗い・気持ち悪い・美しい。『怨焔』
意中の男性を確実に手に入れるためカエルを使った呪殺をもくろむが、呪いはそう簡単に御せるものではなかった。
人を呪わば穴二つ。古き良き江戸怪談のようで、ホラーが好きではない方でも正直お話は最初からオチが予想できるものの、作品の魅力は画風やセリフ回しにあると思います。
独特な絵柄と特徴的で婉曲的なセリフ回しは、まるでその時代にいるかのような気分になります。
ホラー漫画はすべてそうかもしれませんが特に絵柄の好みが分かれるような絵で好みの人はとことん物語を楽しむことができると思います。
暗く、怖く、寂しい物語ですが、どこか煽情的なシーンが多く、気が付くといつの間にか絵の虜になっていることに気が付きました。
物語の内容やテーマは他作品と比べると浅く感じますが、未読の方には一番読んでみてほしいと思う作品です。
どのお話も、人によっては紹介したもの以上に恐ろしく仕上がっているのでまだ読んだことがないという方はぜひホラーコミック傑作集『HOLY』を読んでみてはいかがでしょうか。
上記で語った作品はどれも個性的で違った味のホラーを楽しめますが、他5つのお話もどれも違った角度からホラーというジャンルを楽しむことができます。
ホラーコミック傑作集『HOLY』読者の評判や感想。
SNSやネットの声を見てみると意外にも絶賛の声が多いです。というのも、ホラー作品は映画や漫画、小説どれも賛否が激しく分かれることが多いです。ホラーというジャンルは特に人を選ぶものです。
初めてホラーに触れる方は物語から感じた嫌悪感を作品そのものにむけてしまったり、ホラーを見慣れた方にとっては物足りなかったりと、むずかかしいジャンルですが、ここまでいい評価だらけなのは、さすが巨匠達の傑作選です。
まだ読んだことがないというホラーファンの方はもちろん、ホラー初心者の方にこそおすすめできるものかもしれません。
必ずあなたの好きな“怖い”がみつかると思います。